Education’s Walking Path (教育の散歩道): Japanese Blog by Kazuko Hashiguchi


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[28 Oct 2008 | Leave a Comment | Written by: khashiguchi]

私の両親が、まず教育者だった。そして兄と姉が教育者になった。私は、3歳ごろ、私の後に生まれてきた弟をかわいがりその頃、兄の真似をして「ぼく」と自分のことを言っていたようだが、その記憶は後で家族から聞かされたことなのであろうが、「ぼく、~の先生になるよ」と言っていたようです。まさに「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものである。大学でも教育の道を選び、それは、今日まで続いている。成るべくして成ったような私の人生を振り返るに私にはこの道しかなかったと思えるのです 6年前にガンにかかった。その時にも子供たちと接する中で私は、癒され、奇跡のようにガンは、消えていった。人間は、生まれる時にその生き方が決定するのであろうか。ならば、その自分の生の意味を見つけ、その生に責任を持って生きる時、その生は、見事に成就していくのではないだろうか。私は、この教育の仕事の中にわたしの生を見つけ、その中に責任を感じ、この世での生を終えるまで歩き続けるであろう

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[2 Sep 2008 | Leave a Comment | Written by: khashiguchi]

ルネッサンスアカデミーのホームページにブログが始まった。それも私の オリジナル言語である日本語で書くことができる。新しい原稿用紙に向かうような気持ちである。私は、とても散歩が好きだった。でも、もう何年も好きな散歩 をしていない。自然の中に何も考えずにただ、埋もれているのが大好きだ。ここ数年私にはその時間がない。その贅沢を許されない状態に置かれている。という よりは、そういう状態に自分を追い込んでいるのだ。情けないと思う。散歩道の中には、嵐の吹き荒れるような日々、全身ずぶ濡れの日、秋空のように澄み切った青空に耀いた日、思い返すに消してしまいたいような日々、懐かしい愛しい日々、すべては、過去の出来事だ。でもこれからだって起きるだろう。同じようなことが。これが私の人生なのだ。誰にも代わることのできない私の散歩道なのだ。このプログラムをサポートしている会社カレイドスコープの名前が気にいっている。幼い無邪気だった子供の頃、その不思議な魅力に取り付かれた「万華鏡」のことである。この万華鏡のようにわくわくする果てしない教育の道に今、再 び、生きとし生ける者として私自身の歩を進める。